2017年10月22日日曜日
操縦不能,操縦不能!
先日,ドローンを居間で飛ばしていた。操縦技能を高めるために,居間からキッチンに向けて飛ばした。居間とキッチンの間には引き戸があり,片方を開けていて1.5m程のスペースがある。そこを通り抜けるのが難しい。というのも,ドローンにはセンサーがついていて,前方に障害物があると静止してしまうからだ。引き戸の隙間もほぼ真ん中を通らないとキッチンに進めない。だから,ドローンがそこを通り抜ける際は,とてもスリルがある。それで,練習として何度かやっている。そこからが,さらに厄介である。キッチンまで行くと方向転換するのであるが,そうなると左右が逆になる。つまり,右に動かそうと思ったら,左にスライドしなければならないし,左に動かそうと思ったら,右にスライドさせなければならないからだ。それで,時々逆に操作して壁に当たりそうになる。しかし,その際センサーが働いてドローンがその場に止まってしまうことがある。つまり,本来は機体の左側に壁があるのだが,前方に壁があると判断して静止状態が続く。つまりコントロール不能となるのだ。これまで,この操作ミスを何度か繰り返している。しかも,ドローンのアプリは,これまで何度か書き換えられていて,その度にセンサーの感度が上がっているように感じる。先日もこの状態が続いて,ドローンの羽が壁をこすり続ける状態が続いていた。それで,緊急策として,浮いているドローンを手で取ろうとした。すると,今度は機体の下にあるセンサーが働いて,回転数をあげ上昇しようとした。慌てて羽根を触らないようにドローンをがっちり捕まえた。すると,センサーがさらに反応してさらに回転数を上げて手から離れようとした。機体からはキュイーンという激しい回転音が聞こえてくる。慌てて電源ボタンを押すが反応しない。羽根に触れると,明らかに指を怪我するスピードだった。そんな制御不能な状態を見ていると,心拍数がどんどん上がっていった。それで,何度も電源ボタンを押した。そのうちに,電池が消耗してきてやっと電源を切ることができた。これは,ドローンで起きたことであるが,現在空を飛んでいる飛行機も電子化が進んでいる。しかも,飛行機の操縦は,ほとんどが自動化になっている。内蔵されているセンサーや機械が判断を誤って操縦を誤った場合,どうなるのかとても怖くなった。電子化を進めるとかえって安全性を損なう場合があると,ドローンを操作しながら感じた。
2017年10月8日日曜日
ミニマリスト的生活
ミニマリスト,そうした言葉を最近聞いたことがある。必要物を必要な数だけ買い,生活すること言うのだそうである。具体的に言うと,私たちが毎日着ている洋服だったら,タンスの中に入るだけの量にしたり,本だったら本棚の中に入るだけの量にすると言う生き方である。では,タンスや本棚に入らなくなった場合はどうすればいいかと言うと,お気に入りの物を残して,その中で要らない物を削って,新しいものを入れるというシステムである。前回,家が反ペーパーレスになっているという話を書いたが,量を一定量にすることで,しなやかに生活を送れるのではないかと考えることがある。半年ほど前,必要な書類を1日かけて探したことがある。元来,整理・整頓が好きで,どの書類がどこにあるのか把握しているのだが,たまにこうしたことが起きる。結局,その書類は,見つからなかった。そうしたことにならないために,ミニマリスト的な生活をしていこうと思っている。余談になるが,大学時代の友人の家に遊びに行った。ゲームをしたり,泊まりに行ったりして仲が良かったのであるが,なぜか物が少ないなと感じていた。6畳ほどの部屋には,机,その上に10個ほどのタバコケースがピラミッドのように積み上げられていて,後はベースと,テレビ,ゲームだけだった。布団や洋服などは,多分押入れにいれられていたと思う。パッと見た所,とても閑散としていた。私も部屋も,比較的綺麗にしていた方だったが,1週間ごとに掃除をするので,週末は弁当や飲み物の容器,雑誌等で汚くなっていた。さすがにこれではと感じ,週末になると片付けをするという生活であった。4年間通ったが,友人の部屋は,最初の年と全く変わらなかった。もしかすると,彼は今で言う所のミニマリストだったのかもしれない。
2017年10月1日日曜日
徳之島帰省
先週,連休を使って徳之島に帰省した。本来なら,8月3日に帰省するはずであったが,自主研修会が3,4日と二日入ってしまい5日に変更した。すると,8月の定番である台風が接近,どうなるのかなと思っていたら,なんと前日に欠航のメールが・・・。それで,仕方なく8月後半に変更した。その日は,特別な予定はないはずだったが,午後からの会議に出席してほしいという要望があり,これまた変更。そして,今回の10月の帰省となった。実は,帰省の日も台風接近があり,前日まで欠航の恐れもあった。それで,何の準備もせず眠ってしまった。しかし,台風接近は少し遅くなるという予報もあり,午前の便は飛ぶということであった。その日は,朝起きるのも遅く,30分で準備をして空港に向かった。空港は,夏休みほど混んでいないものの,3連休ということで朝7時にもかかわらず比較的混んでいた。その理由は,手荷物検査であった。比較的時間があるときには,それほどそわそわしないのであるが,その日は出発まで30分で,心の中は気が気ではなかった。10分ぐらいだったろうか,ようやく手荷物検査が終わり,チェックインすることができた。そして,飛行機に乗り,徳之島に向かった。飛行場に着くと,父と母が待っていた。毎年,帰省しているのだが,両親の顔を見るとなんだか安心した。それから,荷物を車に積み,実家へと向かった。家に着くと,両親と色々なことを話した。自分の現況,家族の様子,そして両親のことや親戚のこと,年を取ってきたせいか両親の話は同じ話が繰り返されることが多い(私自身そうなのかもしれない)が,たまに違う話を聞くことがある。中には,親戚のことを聞く機会があるのであるが,それは小説のような現実とは考えらえない話だったりする。そうした話を聞くと,人としての悲しさや生き方を考えさせられてしまう。話は少し変わるが,NHKに,ファミリーヒストリーという番組があるのをご存知だろうか,その番組は自分の祖先をたどっていき,その人たちがどのような人だったかを探っていく番組なのだが,最近私自身どんなルーツで生まれたのか,そしてどのような親族構成になっているか知りたいなと感じることがある。次からは,帰省した際に,そうしたこともまとめていきたいと思う。また,両親同様,島に住んでいる兄弟とその家族も来てくれる。共働きで忙しい中にも来てくれるので,本当にありがたい。さらに,今回は,東京にいる姉も帰省した(台風の影響で1日遅れたが)。先日東京で会ったばかりだったので共通の話題もあり,特に話が盛り上がった。2泊3日の日程であったが,家族で話をしたり,家の掃除をしたりして,あっという間に時は過ぎていった。そのうち,飛行機に乗る時間になったので,荷支度をし,空港に向かった。そこでも,両親,兄弟とその家族が見送りに来ていくれた。ありがたいと思う反面,次の日のことを考えると申し訳ないなという気持ちだった。最後に記念写真を撮り,飛行機に乗り込んだ。2泊3日,しかも台風の中なの強行軍だったにもかかわらず,やはり帰省してよかったなと思った。
2017年9月5日火曜日
Flashのサポート終了に思う!
間も無く,Adobeという会社が出しているFlashというソフトの更新が終了する。ネットの創世記は,文字と画像だけの味気ないものだった。そこに,Flashが登場する。元々はマクロメディアという会社が作成したソフトだったが,PhotoshopやIllustratorというソフトを作っているAdobeという会社に買収されてしまった。Flashは,ネットに革命を起こした。絵を動かしたり,動画を再生したり,その登場によって色々なことができるようになった。しかし,ソフト上のバグが多かったり,大量に電池を消耗したりして,幾つかの問題も抱えていた。有名なスティーブ・ジョブスは,Flashに対してとても否定的で,iPhoneでは使えないようにすると明言するほどであった。では,Flashは,どんなソフトで動いているのかというと,有名なところでは,YouTubeであった(現在は,違っていると思うが・・・)。他にも,動画サイトなどは,このFlashを未だに使用しているところがたくさんある。このFlashのサポートが,ちょうど2020年に完全に打ち切られる。ただ,そうなると,まだ使っているところは他のプログラムで作らなければならず,大変な作業を強いられると思う。Flashに変わるものとしては,HTML5,Javascript, Ajax等色々あるらしいが,Flashほど自由度が高いものがないらしく,色々組み合わせて使わなければならないそうだ(あくまでも,私が知っている情報なので正確なところは何とも・・・)。そういえば,最近YouTubeのホーム画面が大分変わっている。もしかすると,このFlashのサポートを受けての変更かもしれない。一世代前のソフトであるが,インターネットを華やかに演出させてくれたソフトに対して,敬愛の念が絶えない。
2017年9月1日金曜日
おら,東京さ行くだ 04
東京,4日目。その日は,最終日だった。ということもあり,妻は,朝から早く起きて,掃除をしたり,洗濯をしたりして,忙しそうに動いていた。息子と私は,これまでの疲れもあり,家でずっとゴロゴロしていた。そこに,この前Amazonで注文した物干し竿が届いた。ベランダには,丸い物干しがあるのだが,物干し竿がなかったために,斜めに掛けられていた。これで,通常通り,干すことができるようになった。一つの懸案が解決したので,なんだか嬉しい気持ちになった。昼前になると,帰途につくために家を出た。途中,近くにある渋谷に寄った。そこは,若者の街で,色々ファッションをしている人達がいた。昼食時間だったこともあり,息子のお気に入りのスパゲティ屋に入った。東京は総じてそうなのか,ここの店員もあまり愛想がよくなかった。席に着くと,スパゲティとピザを注文した。干しトマトを使っているのか,味はとても美味しかった。味と愛想は,相反するものかもしれない。それから,近くにあるヒカリエというデパートに行った。新しいデパートで,色々な商品が売っていた。妻が,雑貨屋が見たいと言ったので,雑貨を中心に見て言った。すると,鏡が何枚か置いてある店があり,鹿児島では見たことのない商品が置いてあった。買おうと思ったが,値段が4000円程,1度は素通りした。しかし,「東京に来て,何も買ってない。」ということを,ブツブツと言っていたので,結局後戻りして買うことにした。その後,空港に行く時間になったので,そこで息子と別れたのだが,改札に行くと券売機がない,結局息子を再度呼び戻して,券売機のあるところに案内してもらい券を買った。そして,今度は本当にそこで別れることになった。途中,電車をモノレールに乗り換えて,なんとか空港に着いた。しかし,その時点で時間が迫っていることに気づいた。係員が,「7:10の山口行き登場のお客様,間も無く搭乗手続きを締め切ります。」と叫んでいた。私たちの乗る飛行機は,25分である。あと,15分しかなかった。慌てて,搭乗手続きをして,お土産を買って,飛行機に乗った。帰りはギリギリだったので慌ただしかったのだが,息子に会えた事,部屋などの様子も見ることができて,とても充実した旅行となった。もしかすると,飛行機は擬似的などこでもドアなのかもしれない。
おら,東京さ行くだ 03
東京生活,3日目。その日は,埼玉に住んでいる姉とスカイツリーに行く計画を立てていた。東京と言えば,スカイツリーというぐらい,最近では東京の観光コースになっている。その日は,息子が一緒いたので,電車の乗り換えは恐ろしいほどうまく行った。1時間程で,スカイツリーに到着した。スカイツリーの名前のごとく,塔は空に向かって突っ立っていた。記念にと写真を撮ろうとしたのだが,あまりにもの高さに,上の部分が切れてしまった。納得できなかったが,カメラが悪いということにした。「スカイツリーは混むので,朝早い方がいい。」という姉の助言が良かったのか,比較的スムーズに展望台に登ることができた。もちろん,エレベーターではあるが・・・。展望台からの景色は,ミニチュアを見ているようだった。鉄道模型にジオラマというのがあるが,まさにそんな感じだった。ビルは,マッチ箱で,車はミニカーのようだった。また,遠くまで景色が見渡すことができ,まさに絶景だった。記念にと,そこでも写真を撮ったのだが,外と室内の光の強さが異なっていて,街の様子はなんとか写ったが,肝心の人物が真っ黒になってしまった。ここでも,カメラが悪いことにすることにした。次に,スカイツリーからほど近い浅草に行くことにした。浅草の前は,人でごった返していた。日本人はもちろん,中国人,韓国人,アメリカ人等々,あちこちから色々な言葉が聞こえて来た。浅草は,中央にある道を挟んで出店が延々と並んでいた。人形焼や雷おこし,浮世絵等,様々なものが売っていた。中には,欲しいものもあったのだが,ここでもドローンの散財が効いて,何も買えなかった。しばらく歩いてくと,テレビでよくみかける線香が焚かれているところがあった。良くなってほしいと思うところに煙をかけるといいと言われていて,特に頭を中心にかけて見た。近くに女の人がいたのだが,顔に何度も何度も煙をかけていた。よほど綺麗になりたいのだろうと思った。それから,お寺で祈願して浅草を離れた。途中,姉が,「義兄さんがいるので,家に寄って帰って。」と言ったので,姉の家に行くことにした。駅に着くと,義兄が車で迎えに来てくれた。家に入ると,ビールが出て来た。私たち家族にあったことが嬉しかったらしく,姉家族のことや自分の息子のこと,そして私自身のこと等,話がとても弾んだ。1時間ほどの滞在の予定だったが,話が弾んだ頃もあり,帰りは10時ごろになってしまった。しかし,久しぶりに姉夫婦,その子どもたちと話すことができ,とてもいい時間が過ごせた。兄弟の大切さを改めて感じることができた。こうして,東京3日は,終わった。
2017年8月30日水曜日
おら,東京さ行くだ! 02
25日,東京2日目。今日の予定は,銀座であった。駅で切符を買って,電車に乗ろうとして近くにいる人に聞くと,ここではないと告げられた。それで,来た道を引き返して別のホームに行った。そこにいたお婆さんに聞いたのだが,自分たちが思っていたルートとは違っていた。しかし,電車が来たら,お婆さんが手招きして私たちを呼んでいる。話を聞いていて,無視をするのもなんだかなと思い,その電車に乗ることにした。電車を降りると,先ほどのお婆さんに礼を言い別れた。さて,ここからが問題である。当初の計画と異なったので,携帯で検索した。すると,東京メトロ有楽町線に乗ると,銀座に着くことがわかった。そうこうしているうちに,電車がすぐにきたので,早速それに乗ることにした。それから,1時間ほどすると,新富町駅(googleが示していた。)に到着した。電車を降り,駅から出ると,また行き方がわからない。googleで検索しても,進んでいる方向がぐるぐる変化して,本当に正しいのか分からない。またもや,あちこち間違いながらも,1時間程かかって銀座に着いた。この時点で,ヘトヘト状態である。当初,妻が行きたかったのは,スターバックスのアジアファースト店だったのだが,最近できたスターバックスに入ることにした。妻が不満爆発だったのは言うまでもない。しかし,店の雰囲気はとてもよく,落ち着いた感じだった。コーヒーを飲もうと2階に行くと,たくさんの人がパソコンをしていた。SNSをしている人もいたが,プログラムのコードを組んだり,3Dの設計をしている人もいて,ここでも東京を感じてしまった。コーヒーを飲み終わって店の外に出ると,アップルストアや三越を見つけた。それで,それぞれに行きたい場所に行くことにした。アップルストアには,多くの外国人がいて,店内がごった返していた。昼頃になると,息子が学校からやって来た。レンガ屋と言う店に入ったが,閉店前(午後2時なのに・・・。)ということで,無愛想だった。メニューを見てまたびっくり,ほとんどが2000円近くであった。しかも,ご飯は別である。高いなと感じたが,出てきたカツレツは草履のような大きさで,この大きさなら仕方ないと感じた。味は,ザ・カツレツと言う味だった。それから,息子が働いている代官山にあるボンマルシェという店に行った。ちょうど,店長さんがいたので,挨拶をすることにした。互いに初対面だったので何だか気恥ずかしい感じがした。ただ,感じのいい店長さんだったので,とても安心した。それから,近くに芦屋書店というスタバと本屋が合体したところがあるといので,そこに行くことにした。そこは,芝生が綺麗に刈り込んである曲がりくねった道になっていて,その中におしゃれな店が点々と並んでいた。芦屋書店は,その一番奥にあった。その頃になると,私と息子は,疲れていて,椅子にずっと座って飲み物を飲んでいた。妻はというと,とても元気で,近くにある本を取りに行っては,ずっと読み続けていた。7時〜8時ごろになった頃,ようやく家に帰ることにした。この頃になると,三人とも疲れていたので,夜は近くのスーパーで惣菜を買って食べることにした。こうして,東京2日目は,あっさりと終わってしまった。
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