武井壮さんのファミリーヒストリーを観た。私は、この番組が好きでよくみるのだが、タイミングがなかなか合わず、最近では中々観ることができなかった。武井さんの回ということで、不思議とこの機会を逃してはならないと思った。番組を見ていると、置かれた環境の複雑さに驚かされてしまった。美容師として腕を誇っていた父親が家に帰って来ず、そのせいで夫婦喧嘩が絶えなかったという。そして、壮さんが9歳の時に、1週間実家に帰省するということで駅で見送りをすることになるのだが、それが今生の別れになるとは知らなかったということであった。ただ別れ際に、涙を流しならがぎゅっと抱きしめたことが、もしかすると永遠の別れになるかもしれないと感じたそうである。それから、壮たちは家族3人で生きていくことになるのだが、またしても父親は家に帰って来ず、たまに帰って来たとしても僅かなお金しかおかず、また女性の元へと戻って行ったそうだ。お金が足りないので、電気やガスが止められる程困窮したそうである。そうした状態を打破するために、兄は中学卒業と同時にレストランで働き始めることになる。 壮もゴミ出しのバイトをしたり、特待生となり授業料を免除してもらったりして、兄弟2人で懸命に生きていた。壮の兄は、働いていたものの役者になるという夢を追いかけて日々努力していた。しかし、運命というものは皮肉なもので、ようやく役者として芽が出始めた時に癌が発覚し、闘病生活が始まることになる。闘病中、兄が「母親に会いたい。」と言ったことをきっかけに、母親と連絡を取ろうとするのであるが、母親とは連絡がつかず、「無理やり別れさせられた上に、次会う時は死の目前というのはあまりにも残酷だ。」という家族の言葉を返されて、それは実現できなかったそうである。 この時になると、父親も熱心に看病したのであるが、癌の進行が早く半年ほどで亡くなってしまう。幸いにも兄の看病をきっかけに、父親との仲は少しずつ改善していったという。また、壮は、陸上競技に力を入れ、2年半という短い期間にも関わらず、日本一になったそうだ。後述で、この記録も兄への想いから勝ち取ったものであると述べている。母親とは、その後も連絡は取れなかったのであるが、取材を進めていくと、母親は結婚しており幸せに暮らしたということであった。ただ、70歳を超えて体の自由が効かない病気にかかり、昨年亡くなったということだった。その話を聞いて、少し安心したような顔をしていた。また、これにはもう一つエピソードがあり、新しい母親のパートナーが遺品を整理していると、財布に入った壮の写真が2枚出て来たそうである。この話を聞いて、涙ながらに番組を観ることができなかった。子供たちだけで頑なに生き抜き、腐らず懸命に生きている姿がとても清々しかった。「事実は、小説よりも奇なり。という言葉がぴったりの番組であった。
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